二所ノ関親方が意識不明の重体 自転車で転倒 元大関・若嶋津

二所ノ関親方元大関若嶋津が自転車で転倒し、意識不明の重体となっています。

19日午後4時15分ごろ、千葉県船橋市行田の路上で、「60歳ぐらいの男性が倒れている」と通行人の女性から通報がありました。

倒れていたのは大相撲の二所ノ関親方(元大関若嶋津)本名日高六男さん(60)です。

二所ノ関親方はすぐに病院に搬送され、発見時には意識があったそうですが、その後意識不明の重体となりました。

目立った外傷はなく、現場の路上には交通事故らしき跡はなかったようですから、自転車で転倒した可能性が高いです。

現場は親方を務める二所ノ関部屋から約700メートルの場所だといいます。

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二所ノ関親方が意識不明の重体

二所ノ関親方ですが当初は意識があり、船橋市内の病院に運ばれ、緊急手術を受けましたが、現在は意識不明の重体といいます。

警察が詳しい状況を調べています。

現場は二所ノ関部屋の近くで住宅や公園があります。

二所ノ関親方は1957年1月12日、鹿児島・種子島出身の60歳。

75年春場所で初土俵を踏み、大関・若嶋津として2度の優勝と年間最多勝1度を誇り、幕内通算515勝330敗。

精かんな顔立ちで“南海の黒ひょう”の異名を取っていました。

87年名古屋場所を最後に引退し、年寄・松ケ根を襲名し、二子山部屋から独立して松ケ根部屋を興していました。

その後12年12月に年寄・12代二所ノ関を襲名し、名称を二所ノ関部屋に変更。

日本相撲協会理事で審判部長を務めています。

1メートル88、現役時代の体重は122キロでした。

松ケ根部屋から二所ノ関部屋へ

二所ノ関部屋は大相撲の名門で、昨年12月に松ケ根部屋からの名称変更によって復活しました。

部屋は千葉県船橋市にあります。

15年1月4日には二所ノ関部屋の新しい看板が披露され、二所ノ関一門の連合稽古が行われ、稀勢の里と琴奨菊の両大関らによる申し合いで“再出発”しました。

伝統ある名跡を襲名した二所ノ関親方(元大関若嶋津)は「こういう日にみんなが、うちで稽古をやってくれたことがうれしい。重いよね。すごい責任を感じる」と感慨深げに語っていたそうです。

横綱大鵬ら数々の名力士を生んだ二所ノ関部屋は、14年8月に死去した先々代師匠(元関脇金剛)の体調不良などで、一昨年初場所限りで閉鎖となっていました。

一門内からの再興を望む声に先代松ケ根親方が応え、元幕内玉力道と名跡を交換して二所ノ関親方となりました。


出典:http://www.sanspo.com/sports/photos/20150105/sum15010505020003-p1.html

夫人は元人気歌手の高田みづえ

二所ノ関親方(元大関若嶋津)の夫人は元歌手、高田みづえさん(57)です。

高田みづえさんは15年8月8日放送のNHK「第47回思い出のメロディー」に出演し、1985年の引退から約30年ぶりに歌声を披露しました。

緊張の面持ちながらもデビュー曲「硝子坂」とヒット曲「私はピアノ」の2曲を堂々と歌いきりました。

舞台となったNHKホールは高田さんにとって84年の紅白歌合戦以来、31年ぶり。

「硝子坂」を歌った後、司会の北島三郎さんに声をかけられると、「緊張してどうにかなりそう」と声を震わせました。

その後、「私はピアノ」も歌ったが、往年の歌唱力は衰えもなく、伸びやかな声を会場に響かせた。

高田は85年に大相撲の二所ノ関親方(当時大関の若嶋津)と結婚し引退。


http://www.imgrum.org/

おかみさん業に専念していましたが、最近、テレビに相次いで出演していました。

それは、長女で女優のアイリ(26)を応援するためだとも言われています。

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