大谷翔平が背番号17を選んだ理由とは?

プロ野球・日本ハムから大リーグのエンゼルスに移籍が決まった大谷翔平の背番号は、「17」に決まりました。

日本ハム時代の5年間で慣れ親しんだ11番に別れを告げ、米国で心機一転してスタートします。

実は「17」は大谷にとって特別な背番号なんです。

「17」にこだわる大谷の強い思いの理由についてまとめてみました。

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大谷の茶目っ気たっぷりのジョーク

エンゼルスの背番号11は、1979年に球団史上初の地区優勝を果たしたときの監督だったジム・フレゴシがつけていました。

そのため、いまは永久欠番になっていて、大谷がつけることはできません。

心機一転の大リーグで、大谷の背番号として巡ってきたのは、17番です。

日本時間10日の記者会見で17番の理由を問われたとき、大谷はかすかにほほえんで答えました。

「本当は27番にしようかなと思ったのですが、埋まっていたので17番にしました。」

エンゼルスのファンなら誰もが知っていることをネタにして、ファンにウケるジョークでした。

ファンにウケたのは、27番がアメリカンリーグのMVPを2回受賞したチームの大スター、マイク・トラウトの背番号だからなんです。

大谷は、ちゃめっ気たっぷりのジョークでファンの心を早速つかみました。

大谷が17番を選んだ理由とは?

大谷が17番をつけるのは初めてではありません。

岩手・花巻東高の1年生だったとき、夏の全国高校野球選手権岩手大会での背番号が17番でした。

実は花巻東高にとって、17番は少し特別な番号なんです。

花巻東高の佐々木洋監督が言うには、

「左投手なら16番とか、私の勝手なイメージがあったんです。17番は、将来エースにと期待する投手につけさせていました」

つまり17番は、花巻東高時代と同じように、新しく入った投手に期待をこめた番号ということです。

それが今の大谷の状態にピッタリ当てはまったのです。

花巻東高のそうした伝統が確立したのは2007年のこと。

当時1年生の菊池雄星(現・西武)が17番だったのです。

夏の甲子園で147キロの直球を投げ、観客席がどよめきました。

エース候補=17の伝統

大谷は、そんな菊池にあこがれて花巻東高に進み、「エース候補=17」は脈々と続きます。

近年では16年に広島入りした高橋樹也(20)が2年生の夏に17番をつけていました。

この秋、東北大会準優勝に貢献した1年の西舘勇陽投手も17番という徹底ぶりです。

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大谷は17番で初心に帰る

大谷は、そんな縁起の良い17番をつけてエンゼルスのエース候補?になりたいと願ったのでしょう。

大谷は特に意味はない、としながら、こうも言いました。

「僕が新たな気持ちで、ここでがんばっていくときに、17にしようかなと思った。」

大谷にとって17番は、初心に帰って頑張ろうとするときには最適な番号だったのです。

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