羽生結弦 オリンピック フリーで金メダル 66年ぶり五輪連覇

羽生結弦が平昌五輪のフィギュアスケート男子フリーで日本勢金メダル1号を獲得しました。

ショートプログラム(SP)1位の羽生結弦はフリーで206.17点をマークし、合計317.85点での優勝です。


1952年のディック・バトン(アメリカ)以来、66年ぶりの連覇を達成しました。

まさにオリンピック史に輝く伝説を打ち立てたのです。


さらに平昌五輪の日本勢金メダル第1号。

やはり羽生結弦は只者ではなかったです!


また、宇野昌磨が銀メダルを獲得し、日本フィギュア史上初のダブル表彰台となりました。

銅メダルはスペインのハビエル・フェルナンデスでした。

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羽生結弦 魂の演技

羽生は五輪シーズンに再演を決断した映画「陰陽師」の「SEIMEI」をバックに魂の滑りを見せました。

大歓声に送られ、リンクに立った羽生結弦。


冒頭の4回転サルコーを決め、続く4回転トーループ、3回転フリップも着氷。

後半も4回転サルコー―3回転トーループを決め、4回転トーループ、3回転ループこそバランスを崩したものの、痛めていた右足で耐えました。


滑り終えると羽生は、右手を掲げて会心の笑み。

そして、最後は何度も雄叫びを上げ、感情を抑えることができませんでした。


最終演技者の宇野が2位に入り、羽生の金メダルが確定。

採点を待っていた羽生の目から涙がこぼれました。

羽生結弦 苦しみを越えて

羽生結弦は昨年11月のGPシリーズNHK杯前日練習でジャンプに着氷した際に転倒。

右足首の靱帯を痛め、NHK杯には出場できませんでした。


故障直後には世界のスケーターが羽生にエールを送り、SNS上で続々と声を上げました。

以来、羽生は公の場から姿を消してリハビリに専念


それは全てオリンピック連覇のためでした。

GPファイナルも、全日本選手権も出場せず、平昌五輪でも団体戦には出場せず、すべてを連覇にかけました。

羽生結弦 現地入りも国賓級

羽生結弦が11日に現地入りした際には、空港で複数の警備員に取り囲まれました。

何か事故があってからでは困ると、まるで国賓のような待遇が話題を呼びました。


それも1952年にバトン氏が達成して以来、66年ぶりの快挙を目指す王者の注目度がハンパなかったからです。

118日ぶりにぶっつけ本番で挑んだ前日のSPでは111.68点をマークして1位。

感動の復活を遂げ、世界に「君は神様からの贈り物だ」などと称賛されまくりました。


19歳だったソチ五輪で金メダルを獲得したのは2014年2月14日のこと。

あれから4年、1464日の時を経て、苦難を乗り越えた羽生結弦は伝説になりました。

前人未到、さらに今後もまず出てこないと思われる逸材です。

世界が驚くのも無理はありません。

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